このかけがえのない瞬間もあと僅か数年のうちだろうか。
やがて巣立っていく姿を思いながら。
今を共にする30分。
発見に満ちていた。
===『The Sense of Wonder』引用ここから
わたしは、子どもにとっても、
どのようにして子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、
「知る」ことは「感じる」ことの
半分も重要ではないと固く信じています。
子ども達がであう事実のひとつひとつが、
やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、
さまざまな情緒やゆたかな感受性は、
この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
美しいものを美しいと感じる感覚、
新しいものや未知なものにふれたときの感激、
思いやり、憐れみ、讃嘆や愛情などの
さまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、
次はその対象となるものについて
もっとよく知りたいと思うようになります。
そのようにして見つけ出した知識は、しっかりと身につきます。
消化する能力がまだそなわっていない子どもに、
事実をうのみにさせるよりも、
むしろ子どもが知りたがるような道を切り開いてやることのほうが
どんなに大切であるかわかりません。
=====引用ここまで
『センス・オブ・ワンダー』The Sense of Wonder
レイチェル・カーソン著 Rachel Carson
上遠恵子 訳
森本二太郎 写真
1996年(原典は1956年)
新潮社
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命あるものたちの中で生かし生かされあって
歩いていってほしい。
親ができることは多くはない。
私も学んでいるひとりの仲間だから。
都会にいても田舎にいても、
大地と海と森とつながっている。
カメムシが大挙して飛び交う春の里山。